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ドイツ修行時代

前回からの続き

ドイツにはausbildungという制度があります。


マイスターと呼ばれる親方から直接に技術を習得し、

同時に職業専門校に通い、専門知識を得るというものです。

職場で得られる知識や技術の差を出来るだけ無くし、

全ての手工業者が同じ程度高い専門性を持てるように、という制度で、

職業により違いがありますが、3年以上の技術習得と就学を行い、試験に合格したときに、

「Geselle」と呼ばれる職人となれます。

「Geselle」の職業の一つである「Feintaeschner」というもの。

これは革カバン、革小物、ベルトなど、革を用いて総合的に作る職人に冠される名前です。


ドイツでの修行生活は、僕に大いに影響を与えました。

専門的な技術や知識はもちろんのこと、特に今思うのは、見聞の広がりです。

今回はドイツ生活で感じたことについて、僕個人の感じたことの、ひとつの面を書きます。

(それは、実際のドイツとは違ったり、ドイツ人、ドイツにいる人、いた人、その他の人々の感じ方とは違う可能性があります。

あくまで、僕個人の独断になります。)


見聞の広がり、それは、ヨーロッパの広大な土地から、物理的な世界の広さを感じたということではなく、

そこに住む人々の考え方というか、そこにある暮らしぶりが、僕の価値観のひとつを変えたということです。


日本では、ドイツ人は勤勉と言われ、統率のある国民性、ピシッとした人々、というようなイメージがあるんじゃないか、と思います。

僕自身はそんなイメージがあり、少しばかりの厳つさを覚悟していたのですが、

そのようなイメージは、日々の暮らしのなかで覆されました。


僕の見たドイツは、もっと雑多で、乱雑でざっくばらんでした。

多くの人が住んで、様々な暮らしがあって、それぞれの人生があり、交錯しているということ。

そもそもが、一つの国を、ひとつのイメージで固めることには無理があったんだろうと今にして思います。


しかしその一方で、外国人という、究極の傍観者の目線でドイツに住み、働き、生活することで、

新たなイメージというか、土地勘ともいうような感覚が形成されていきました。


個人主義で、適当に働き、人生を楽しむ。

出来上がったのは、そんなイメージでした。


個人主義。

それは、自分さえよければ他は何でもいい、というような利己主義ということではなく、

まず自分自身があって、そうして他人があるという、順番がしっかりあるということ。

そして、労働に対する個人の権利をとても大切にする。

例えば残業をすることは、自分自身の時間を失うことになるので、やらない。

(そもそもが、例えば残業を三十分すれば、別の日に三十分就業時間を減らすというように、

残業という考え方が無いのです)

そのような、企業理念以上の、個人主義の国でした。


適当に働く。

適当に働くというのは、いい加減に働くというのではなく、適時頑張り、必要無いときには無理をしない。

例えば仕事の遅れを、サービス残業や、家に持ち帰って取り返すということはせず、

伸ばせる納期は伸ばし、仕事が立て込んでも有給休暇はしっかり取り、

生活を圧迫させるような働き方はせず、就業時間が過ぎれば、仕事とは全てを切り離して生きる、そんな感じです。


そしてそのような生活を過ごすことで、

人生を充実させる。

仕事に人生を左右されるのではなく、人生のために仕事を必要最低限する。



そして、一人ひとりがそのような考えに基づき、行動しているのではなく、

その社会がそういう風であり、自然とそうなっているということがすごいことだと今にして思います。


豊かさとは一体なんだろうか。

僕にとってドイツは、そういうことを改めて考えさせる国となりました。


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